浴槽で楽しむそれぞれの旅 (人生)
お風呂の幸せ作文コンクール 「湯道大賞」受賞作品
大学生に成り、授業が増えた。試験も増えた。遠くを見ているのは私だけではないが、
帰宅中に揺られる電車は、皆、寝ているか、スマホに集中しているかの二択だ。
新生活に慣れない私のひととき。密かに頑張った時の楽しみがある。
石のように重い鞄を下ろし、洗面所の自分にお疲れ、と云ったら、これでもないくらい温かい湯気が、私の事を抱きしめる。
そして、とっておきの魔法の一袋を入れる。その魔法は、ありとあらゆる地域の風や自然を感じることができる、私に小さな旅をさせてくれる。また、今日はどこの湯を感じようか、と考える時間が愛おしいまでもある。
そして、ゆっくり足を浴槽に入れると、温かいお湯が、何だか身体や心の「凍りついた錆」が取れていく気がする。その時、あんなことや、こんなことを思い出す。命を吹き返し、春を迎えた木のような、何とも言えない優しい気持ちになれた。
お風呂に対して特別な感情がなければ、ただのお湯に感じてしまうが、今日はこんなことがあった等の振り返りをすれば会議室になるし、先ほど記述した小さな旅をすることも出来るし、面と向かって言えないことも湯気と混ぜれば言えることもある。
浴槽の中でゆっくり目を瞑りながら、考える。
ー明日はどんな旅になるだろうか。また、ここに24時間後、ここに帰ってこよう。
錆をとるついでに、今日の人生の、報告をしに。
あすか