家元のことば

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湯で、のさる。

 僕のふるさと(熊本県の天草地方)には「のさり」という方言があります。のさりとは、「天からの授かりもの」という意味。幸運が舞い込んでも、不幸に直面しても、運命として全てを受け入れ、生きるための糧とする考え方です。「のさり」の動詞が「のさる」。そんな言葉を、天草の人たちは日常生活の中で、例えばこういう風に使います。

「今日、ランチを食べに行ったら急にキャンセルが出たらしくて、5千円の定食を千円で食べさせてくれた。のさった〜!」
「うちの息子が大学の入試で失敗した。あれだけ頑張ってたけど、まぁ、これものさりだね」

いいことがあっても浮かれ過ぎず、悪いことがあっても落ち込み過ぎない。これが人生を穏やかに過ごす秘訣です。
この「のさり」の精神は、入浴行為に重なるところがあります。
心地よい湯に浸かると、腹の底から「はぁ〜」とため息が漏れ、それと一緒に自分の中に溜まっていたものを全て吐き出した気分になる・・・僕はこれを、「湯で、のさる」と呼んでいます。いいことがあったら、湯に浸かって得意げな野心を洗い流してください。嫌なことがあっても、湯に浸かればその暗い気持ちを心の中から排出できる、と信じてください。水に流すという言葉は、神道の「禊」に由来しているそうですが、湯道では「湯に流す」と表現しましょう。

 今日一日を振り返りながら、あなたも湯で、のさってみてはいかがでしょうか?